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June 17, 2019

ホテルオーナーがホテルオペレーターと結ぶ契約は日本では賃貸借契約が一般的だが、近年増加しているのがホテルマネジメント契約(HMC)だ。オーナーはオペレーターに日々のホテル運営を委託するが、ホテルの経営リスクをとるという契約形態で、外資系ホテルオペレーターとの契約はHMCが基本となる。オーナーは収益のアップサイドが見込めるが、HMCの内容次第で不利益となる場合もある。

海外では主流の「所有・運営の分離」

日本のホテルオペレーターの多くは不動産オーナーと賃貸借契約を結び、ホテルを開業・運営するのが一般的な契約形態だったが、近年増えているのが前述したHMCだ。「運営委託契約」と呼ばれ、オペレーターはホテルの運営ノウハウを有する人材を「総支配人」という形で派遣し、スタッフの指揮・命令系統を掌握。実質的にホテル運営を担う。自社のホテル運営マニュアル(SOP:Standard Operating Procedure)に基づき、ブランドはもとより、セールスマーケティングネットワークや優良顧客プログラミング、自社予約システムやレベニューマネジメントシステムといった各種運営システムを活用してホテルを運営していくという仕組みだ。

不動産自体はオーナーが保有する他、ホテル内の内装造作物、什器、備品についてもオーナーが投資する。賃貸借契約との最大の違いは、不動産オーナーがホテル経営リスクを取ることだ。ホテルの従業員はオーナーが雇用するが、人事権はオペレーターから派遣される総支配人が握ることになる。ちなみに人事権がオーナー側にある場合の契約形態はフランチャイズ契約となる。ホテルオーナーは宿泊客からの訴訟や雇用問題等の経営リスクをとる代わりにホテルの営業利益の大部分を取り、オペレーターには業務委託の対価として売上高や営業粗利益(GOP:Gross Operating Profit)の中から数%のフィーが支払われる。これが外資系ホテルと契約する際の定番スタイルとなる。

賃貸借契約下ではオーナーは一定の賃料収益が得られるが、GOPの一定割合はホテル経営リスクをとっているオペレーターのものになる。また、固定賃料の場合、オーナーはそれ以上の収益は望めない。しかしHMCではホテルパフォーマンスによっては収益の上振れが期待できる。訪日外国人観光客の増加を背景とする国内観光業の急激な成長を受けて、収益のアップサイドが見込めるHMCを選択する不動産オーナーが増えてきている。

HMC普及の背景

日本でHMCが初めて締結されたのは、1964年に開業した「東京ヒルトンホテル」に遡る。オーナー(デベロッパー)は東急電鉄、オペレーターはヒルトンだった。しかし開業から20年後、オーナーである東急電鉄とオペレーターであるヒルトンの間で契約更新とはならず、1983年12月に閉館した後、東急電鉄は「キャピトル東急ホテル」にリブランドして自社運営を開始し、かたやヒルトンは1984年9月に新宿で「東京ヒルトンインターナショナル」を開業することになる。

長い歴史をもつHMCだが、米国で所有と運営の分離が加速したのは1990年代前半の不動産不況時である。1993年、それまで多くの所有直営型のホテル事業を展開していたマリオットがオペレーターの「マリオット・インターナショナル」と資産保有会社である「ホスト マリオット(現ホスト ホテルズ&リゾーツ)」に分社したのが象徴的な事例だ。

米国ではなるべく早く企業を成長させることが経営命題とされ、所有直営型ホテルで自ら投資するのは時間がかかりすぎると考えられている。自ら投資をせずに第三者(不動産オーナー)が投資した施設を運営受託し、自分たちのホテル運営ノウハウを転用することで、リスクをとらず早期にホテル出店を増やし成長を加速させる手法としてHMCが考案された。また、不動産オーナーとホテルオペレーターではホテル事業に対して必要とされるスキルが大きく異なり、開発用地の取得や資金調達を得意とするオーナー(デベロッパー)と、ホテルのマネジメント力に秀でたオペレーターがそれぞれ得意な役割を分担したほうが、より早期の成長が見込めるとの合理的判断が働いた結果ともいえるだろう。

株主にとってもHMCのほうがリスク評価をしやすい。所有直営型ホテルの場合、不動産そのもののリスク、ホテル運営のリスク、自社ホテルブランド使用ビジネスのリスク等が混在し、リスク評価の焦点が絞り込めない。業績・マーケットが好調な時期はこれでも問題ないが、マーケット環境が悪化してくると、これら複数のリスク要因それぞれを分析・評価して投資判断をしなければならない。一方、HMCにおいては、ホテルオーナーは不動産投資に対するリスク、オペレーターはフィー収入に対するリスクを査定することになり、株価を計るEBITDAマルチプルの比較対象会社も明確となる。

日本では依然として賃貸借契約が一般的だが、これは世界的に見ても珍しい。賃貸借契約が定着したのにはいくつか理由がある。オーナーの立場からみると、所有遊休土地の有効活用策が偶然ホテルであってホテル運営リスクをとるつもりがない投資家であったり、業法的に賃料収入しか受け入れられない保険会社がオーナーとなるケースが多かった。また、レンダーにホテル運営リスク査定を行う能力がなく、賃借人の信用力で融資判断を行いがちだったことも背景となっている。オペレーターの視点では、借家法上、強固な地位が得られる賃貸借契約のほうが長期間ホテル運営権を確保できること、間接金融が潤沢であった日本では担保となる資産がない賃借人でも資金調達が容易であったことも考えられる。これに加えて、国際会計基準(IFRS)では賃貸借契約期間の固定賃料を貸借対照表に計上しなくてはならず、結果として自己資本比率が大きく減少してしまうが、これまでの日本の会計基準では貸借対照表計上が不要であるため、固定賃料の賃貸借契約を締結することが資金調達上不利にならないことも大きな理由といえるだろう。

オーナーとオペレーターの利益相反

注意すべきはHMCではオーナーとオペレーターの間で利害が必ずしも一致しない場面が存在することだ。「当該ホテルから高いリターンを得る」という長期的目標において思惑は一致するが、そこに至るための方向性が双方の立場で異なるからだ。オーナーの場合はホテル運営収益ないしホテル資産の価値向上を最優先するのが一般的だ。対してオペレーターは宿泊客の満足度を向上させ、ブランド価値を中長期的に高めることを重視する。例えば、ある外資系高級ホテルで開業直後の稼働率が伸び悩んだとする。この場合、オーナー側は「低稼働率なので客室単価をディスカウントしてでも宿泊客を多く取り込みキャッシュを稼ぐべき」と考えるが、当の外資系オペレーターは「安売りはブランド価値を棄損するため、稼働率が低くても現状の客室単価を維持する」ことにこだわる。このような利益相反のケースは他にも考えられる。まだ傷んでいない内装でもブランド基準に従って一定周期で交換しなくてはならない」というオペレーターの運営ポリシーと目先の費用対効果を重視するオーナーの考え方は必ずしも一致しない。これらをどうやってバランスをとるのかもHMCに課せられた課題である。

HMCで確保したいオーナーの「権利」

HMCは基本的に長期の業務委託となり、オーナーはオペレーターに対してホテル運営を一任することになる。かかる環境下、オーナーにとってはもちろんマネジメントフィーの料率が一大関心事だが、オーナーが確保すべきいくつかの「権利」を軽視してはならない。前述した「利益相反関係」をコントロールする規約や、運営予算の設定・執行や総支配人任命に対してオーナーに承認権があるのか、運営パフォーマンスが悪い時にHMCを中途解約できるのか等は資産価値に影響を与える重要な検討事項だ。他にも、同ブランドのホテルが近隣に出店できるかどうか、当該ホテルを担保に融資を受ける場合やホテルを売却する際にどのような制限があるか等、HMCで細かく規定する必要がある。一般的に、オペレーターにとって不利な条項はオーナー側から持ち出さなければ交渉の俎上にすら載らない。

一方、リーマンショック時に不良債権化したホテルでHMCを一方的に打ち切られたオペレーターは、その経験を踏まえオペレーターの立場を強化する条項を盛り込むようになってきている。オーナーが交渉すべき条項は増えており、またオーナー自身の投資資金をどうやって資金調達するのかもHMCに反映させていく必要がある。HMCに詳しいアドバイザーや弁護士事務所のサポートは、いまやオーナーにとってHMC締結には欠かせない時代となってきている。(JLL日本 沢柳 知彦)

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